道草の探究 #03 異人として

異人に関する先行研究からのメモ

”<異人>はわたしたちにとって、遠/近の両儀的なありかたをしめす人々、いわば<漂泊>/<定住>のはざまに生きる人々である。しかし、<漂泊>と<定住>という対概念を、たんなる物理空間的な関係の位相からのみとらえてはならない。それはむしろ、共同体の内/外を往還する運動の奇跡であり、そこにたえまなく生起する<交通>の物語である。”
(赤坂憲雄『異人論序説』p.18より)

”内集団の私的コードから洩れた、あるいは排斥された諸要素(属性)である否定的アイデンティティを具現している他者こそが、その社会秩序にとっての<異人>である。<異人>とはだから、存在的に異質かつ奇異なものである、ともいえる。”
(赤坂憲雄『異人論序説』p.22より)

”子供の心的世界の周縁部(夢と現実のはざま)に出没する、これらの<異人>は、ある意味ではもっとも純粋に<異人>の資格をそなえた存在である。いわば、子供のいだく怖ろしくも魅惑的な見知らぬ人の像は、きわめて純化された原型としての<異人>イメージをしめしている。名付けられざるモノであるがゆえに、<聖なるもの>でもある<異人>。そして、この<異人>の原イメージが、子供に特有な二元的コスモロジーときりはなしがたく、むしろ、それを根底にもつときにのみ表出されることは注目されてよい。”
(赤坂憲雄『異人論序説』p.247より)

フィールドワークのいったんの終わりに

他者と共に、記憶の場所を辿ってみて気がついたことがある。当然のことだが、それぞれの登下校の記憶は全く異なっている。

例えば、遠くまで見渡せるという地形から、いま自分がどこにいるのかを把握しやすいこと。とにかく遮蔽物がなく、真夏の暑い日を毎日通うことに驚きを感じたということ。用水路の速さや、生き物との距離が近いこと。これらはぼく一人で歩いた時には感じえぬことであった。そしてそれは一部に過ぎないだろう。

上の例から考えるに、例えば、僕の構図の癖は、広い空と道と景色の平坦さから、生まれたのかもしれない。そして、子供ながらの記憶を辿れば、田んぼを中心として、生き物たちの変化で季節の移り変わりを感じていたのだ。「季節の変わり目」というのは大人しか使わないのだと思う。大人はカレンダーや暦と併せて判断をする。子供のころは、そのサインである「生き物たちの変化」の方しか話をしないし気にとめていないように思う。「ザリガニいるぜ」「そろそろクワガタ出るかな」「蛙がないてるな」とか。

「風景や生き物たちの変化」をとらえる。そういった身体の、視覚、嗅覚、触覚などのようなもの(いわゆる「五感」めいたものであるが、それはあくまでも身勝手な分類でもある)によって、世界との橋渡しをするような行為が、ある種の境界を行き来するような、いや、「境界を漂うことこそが道草を食うこと」なのかもしれない。

その身体(感覚)を拡張する手法としての写真。身体の記憶としての写真。記憶が手繰り寄せられた。

記憶を手繰りよせるという行為作用自体が、自分が異化した存在であるといえるだろうし、異人として現れたということなのかもしれない。記憶を手繰り寄せられた結果、両義的な存在であったのだろうか。そして、それは写真で現れたのかどうか。それはよくわからない。

上記については、まだまだ思索の余地があると思っている。なぜなら、境界は内部と外部のはざまにあるものだが、むしろぼくが思うには、内部と外部という2次元の話ではない。より立体感がある、もしくはもう少し厚みがある、層のような、より多次元的なイメージを持っているからだ。これはまだうまく言葉にできていない。引き続き、探究を続けたい。

(了)

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